投稿日:2014年09月26日

市内に残る里山風景

紅葉のシーズンに、名古屋市天白区の相生山緑地をたずねました。 名古屋市の住宅地の真ん中に、広大な雑木林が残っており、里山風景に出会えます。

入り口
相生山緑地への入り口の一つ。入り口は、あちこちにある。
この時期は、紅葉が美しい。

オアシスの森

相生山一帯の雑木林は、オアシスの森と呼ばれ、林の中には、散策用の歩道がめぐらされています。落葉樹の多い雑木林は、季節ごとに色の変化を見せてくれます。

多様な動植物の生息地

動植物
画像をクリックすると拡大します。

ヒメボタル

相生山緑地には、さまざまな動植物が生息しています。
とりわけ、ヒメボタルが有名です。ホタルの餌となる陸生の貝類で、準絶滅危惧種に指定されているウメムラシタラガイも発見されています。

管理人も、ヒメボタルを観察をしに相生山へ行ったことがあります。名古屋市内とは思えないほど、幻想的な光景でした。
ヒメボタル
この奥で観察できました。

カブトムシやクワガタムシ

カブトムシやクワガタムシもいます。 落ち葉を集めて作った「ビートルアパート」が、山の中に設置されています。

野生のタヌキ

相生山周辺には野生のタヌキが住んでいます。管理人も見たことがあります。 出没時間帯は夜間が多いですが、昼間でも、ごくたまに見かけます。

多彩な植生

植物も多様です。
相生山緑地の春は、ウメや山桜、ヤマツツジが咲き、初夏には、コナラ、クヌギなどの新緑に覆われます。
秋になれば、鮮やかな紅葉が楽しめます。

アケビ

管理人は、相生山の山中で、アケビの実を見つけたことがあります。食べごろでしたが、実が高いところになっていたので、取れませんでした。

相生山植物図鑑

こちらのサイトによると、コクランという野生ランも自生しているようです。

関連リンク:相生山植物図鑑<春夏編>

かつてはオオタカの営巣も

上記で紹介した動植物はごく一部です。
他にも、鳥類や昆虫類も多くいます。道路工事が行われる以前は、オオタカの営巣も見られたとのことです(参考:2002年の記事)。
後述の道路工事計画により、これらの動植物への影響が危惧されています。

道路工事計画

相生山は名古屋の共有財産

相生山の森を歩いてみると、とても貴重な緑地であることが分かります。交通のアクセスも良く、名古屋市民全体の共有財産ともいえます。

森のど真ん中に道路を通す「弥富相生山線」計画は、凍結すべきではないか、と思います。 そもそも、この道路計画は、昭和32年という大昔の計画です。

環境への大きな影響

この道路工事により、ヒメボタルの生息地へ甚大な影響が出ると予想されています。 なし崩し的に、緑地の破壊が進む懸念もあります。

環境都市 名古屋

2010年には、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が、名古屋市で開催され「名古屋議定書」が締結されました。名古屋は『環境都市』と言えます。
道路計画は、環境都市にふさわしくないやり方ではないか、と思います。

名古屋市は、かつて、『藤前干潟』をゴミ処理場建設から救ったこともあります(藤前干潟は、名古屋市港区のラムサール条約登録地の干潟)。「弥富相生山線」計画についても、同様に、凍結の判断をされるよう望みます。

関連リンク:相生山の自然を守る会

道路
予定地とされる道路。がらんとしている。

史跡

史跡
画像をクリックすると拡大します。

葉書塔

全愛知県下新十名所とは、昭和2年、中日新聞の前身の新愛知新聞社が一般から募集して選んだ名所です。投票総数1425万票のなかから、相生山が5位にランクインしました(『なごや新三百景(中日新聞社会部編)』より)。
投票されたハガキが収められたのが葉書塔です。
葉書塔は、徳林寺からやや離れた、ひっそりした場所にあるので、見つけにくいかもしれません。

徳林寺

徳林寺の境内では、春になるとサクラ、秋には紅葉が見られます。
徳林寺では、4月になると、釈迦の生誕を祝う『花祭り』を開催しています。管理人も、徳林寺の花祭りを見学に行ったことがあります。
4/1〜4/8の間の土日が賑わっているようです。

参考URL:徳林寺の花祭り

千秋家の墓

熱田神宮の大宮司は、平安末期まで、古墳時代の有力氏族・尾張氏が務めていました。 藤原季範(1090年-1155年)の時代以降は、藤原氏が大宮司を務めています。

立て看板には、「藤原季範は、号を千秋と称した。以後、千秋家を名乗り、明治初期まで熱田大宮司としてその祝職を世襲した」とあります。

藤原季範の娘は、源義朝の室となり、源頼朝を生んだ、とありますので、藤原季範は、源頼朝の祖父ということになります。

藤原季範も、母方が尾張氏であり、非常に由緒ある家柄といえます。源頼朝は、この尾張氏の家柄のおかげで源氏の嫡男としての地位を得たともいえますので、頼朝は名古屋とはかなり縁の深い人物です。
墓標は、明治期以降のものだそうです。思ったよりも、ずいぶん小さな墓地でした。

参考URL:千秋家の墓

源頼朝は名古屋人?

ところで、源頼朝は、名古屋生まれという説が有力です。熱田神宮の近くの誓願寺がその場所とされますが、新瑞橋近くの井戸田と言うところにも、生誕地とされるお寺があります(こちらの記事を参照)。

前回投稿:2013/12/18
posted by nagoyasanpo at 11:43 | Comment(0) | 相生山
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