投稿日:2014年06月24日

愛知の語源

愛知県の「愛知(あいち)」は、古名の「あゆち(年魚市または吾湯市などと表記)」が転化したものです。平安時代以前には、「あゆち潟」という干潟が、名古屋市の南部〜南東部一帯から知多にかけて広がっていました。

平安初期に呼び名が変化

この干潟は、万葉集の時代は「あゆち潟」と呼ばれていましたが、平安初期には「鳴海潟」と呼ばれるようになったとのこと。それ以降、歌に詠まれる場合も「鳴海潟」となっています。

天白川一帯に広がっていた

平安時代以前は、熱田神宮から新瑞橋、島田、野並を結ぶルートが、あゆち潟の沿岸となっており、笠寺あたりは海に浮かぶ島になっていました(松巨(まつこ)島と呼んだようです)。

バス停にも地名が残る

バス停
天白区島田のバス停です。
これらの海に由来する地名は、天白川一帯に海が広がっていた証拠と言えます。

万葉集

万葉集にも、「あゆち潟」を題材にした歌がいくつかあります。

「桜田へたず鳴きわたる 年魚市(あゆち)潟潮干にけらしたず鳴きわたる」
「年魚市潟(あゆちがた)、潮干にけらし、知多の浦に、朝漕ぐ舟も、沖に寄る見ゆ」
「小治田の 年魚道(あゆち)の水を 間なくぞ 人は汲むといふ 時じくぞ 人は飲むといふ 汲む人の 間なきがごと 飲む人の 時じきがごと 我妹子に 我が恋ふらくは やむ時もなし」

あゆちの由来

この「あゆち」の由来、語源については、諸説あります。

1)「あゆ」は湧き出る、を意味する古語

瑞穂区一帯には湧き水が多くあり、旧街道を行く旅人の喉を潤したと、上記の万葉集にもあります。

2)「あゆ」は東風を意味する

梅雨のころ移動性低気圧が日本列島にもたらす東風を、古代は「こち」と呼び、中部や北陸では「あゆ」と呼んだとのこと。

3)「あゆ」は足結と書き、東へ向かう旅支度を意味する

4)「あゆ」は鮎を意味する

5)「あゆ」は豊漁を意味する

風の名前説が有力?

ものの本には、1)か2)が「あゆち」の語源だろう、とあります。 著名な地名学者・谷川健一氏の「日本の地名」によると、アイの風は、海から陸に吹く風の意味で、これが「あゆち」の語源だといいます。またアイの古語アユは「饗(アエ)」の意味も含んでいるとのこと。つまり、アイの風というのは、海の神からの贈り物、という含意もあるようです。
しかし、感覚的には、いまいちピンと来ないところです。 特に、2)については、この地方の風といえば、北西の強烈な「伊吹おろし」の印象が強くあります。

朝夕の市?

江戸時代の尾張名所図会に、「熱田の浜 夕上り魚市」の図が描かれています(参考URL)。 この図を見ると、現在の熱田区木之免町大瀬子公園あたりにあった「大瀬古魚の市」では、夕方にも魚市が開かれていたことが分かります。管理人の単なる思いつきですが、「朝夕の市」が「あゆち」になったのでは、という気もしなくはありません。
前回投稿:2014-02-17
posted by nagoyasanpo at 12:03 | Comment(1) | 地名
この記事へのコメント
2016.7.3のBSTBSの番組 本能寺SPで
あゆち思想が信長の天下統一の基礎になっていると、童門冬二氏が述べていましたが
なにかご存知ですか。
Posted by ハチさん at 2016年07月04日 12:50
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