投稿日:2014年08月23日

意欲作

「徳川宗春〈江戸〉を超えた先見力」という著作を読みました。2013/12に発売されたもので、中日新聞にも何度か紹介されていました。徳川宗春に対する旧来のイメージをくつがえす意欲作です。

再評価の機運が高まる

尾張藩七代目藩主の徳川宗春というと、時代劇の「暴れん坊将軍」では、陰謀をめぐらせ天下を狙う悪役として登場します。また、規制強化・中央集権化・質素倹約による幕政の立て直しを推進した八代将軍徳川吉宗に逆らって開放経済政策を採り、一時的には尾張藩に繁栄をもたらしたものの、経済失政をとがめられて失脚されられた、という構図で語られてきたようです。

書籍情報

【詳細】
徳川宗春: 〈江戸〉を超えた先見力
北川宥智(著)
単行本: 224ページ
出版社: 風媒社 (2013/12/18)

大河ドラマ化を目指す運動も

ですが、それらの旧来の人物像は、実際には大きな誤りであったようです。近年では、名古屋を中心に徳川宗春の再評価の機運が高まっており、徳川宗春の大河ドラマの主役化を目指す「宗春ロマン隊」という運動も有志によって行われています。この著作はそのような流れの中で書かれ、従来の宗春像に対して全面的に異を唱える内容となっています。

経済政策は成功していた?

正直なところ、「吉宗vs宗春」に関する問題は、スケールが大きすぎて管理人にとって手に負えるものでは全くありません。ですが、本書を読んで、従来の宗春像はかなり間違っていた、というのはなんとなく理解できました。
例えば、経済政策については、宗春は一貫して緩和的・開放的だったわけではなく、途中で引き締めに転じています。これは、幕府のインフレ政策(元文の改鋳)に対応するもので、現代の金融政策からすれば、ごく当たり前の対応といえそうです。幕府がインフレ政策に転じたときには、尾張藩はすでにバブル気味だったので、これ以上の緩和は逆効果だったのでしょう。元文二年の多額の借金も、日銀が景気の過熱を抑える際に市中のマネーを吸収する目的で行う「売りオペ」に相当するものだったようです。本書では尾張藩の「財政赤字」に関するデータにも検討が加えられており、どうやら金融政策や財政政策などの経済政策で失敗したわけではなさそうです。

ということは名君?

宗春の功績としては、名古屋を三大都市としての繁栄の基盤をつくった、というものがあり、これだけでも名君と呼ぶに十分値すると思います。また、マニフェストの「温知政要」に見られる人命や民衆を尊重する精神も特筆すべきものだと思います。

朝廷との関係

ではなぜ、藩政の混乱や民の困窮などと言いがかりをつけられて失脚に追い込まれたかと言うと、背後に朝廷の動きの活発化があったことを本書では指摘しています。

もう一つの宗春像

「規制緩和に挑んだ「名君」―徳川宗春の生涯」という本も同時に読みました。こちらは、1996年の著作で、従来の宗春像を基本的には踏襲しつつも、吉宗の中央集権化政策に異議申し立てをした点を評価しています。
【詳細】
規制緩和に挑んだ「名君」―徳川宗春の生涯
大石学(著)
単行本: 254ページ
出版社: 小学館 (1996/10)

個人的感想

考えてみれば、尾張という土地は、継体天皇や壬申の乱の時代から幕末に至るまで、日本の歴史を方向付ける立場にあったといえるかと思います。信長・秀吉・頼朝(名古屋出身で母方が尾張氏の末裔)といった天下人がこの地から出てきたのも偶然ではないでしょう。
朝廷と深いつながりを持ち、さまざまな政策を成功させて尾張藩に繁栄をもたらし、民衆の支持を得た宗春に、幕府は大きな脅威を感じたに違いありません。 いずれにしても、今後の再評価の動きが大いに注目されます。
タグ:江戸時代
posted by nagoyasanpo at 15:23 | Comment(0) | 徳川宗春
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