投稿日:2014年09月08日

鎌倉街道についての検証本

いわゆる鎌倉街道と呼ばれる中世の東海道について、やや専門的ながらも、斬新で、読みやすく書かれた本です。「飛鳥井雅有日記」など中世の紀行文の科学的見地にもとづいた読解は、とても刺激的です。例えば、紀行文の書かれた日の潮の満ち干を科学的に明らかにして、鳴海潟(鎌倉街道のルート)を渡る旅人の行動をクリアに浮かび上がらせています。

書籍情報

【詳細】
中世の東海道をゆく―京から鎌倉へ、旅路の風景 (中公新書)
榎原 雅治(著)
新書: 242ページ
出版社: 中央公論新社 (2008/04)

鎌倉街道の呼称

京都鎌倉間を結ぶ中世の東海道を「鎌倉街道」と呼ぶのは、江戸時代以降になってからですが、当時は何と呼ばれていたかについても書かれています。いわく単に「海道」と呼ばれていたとのこと。当時の旅人は、京都鎌倉間を結ぶ「海道」を、約二週間で歩いたそうです(早馬なら三、四日)。
また、京都鎌倉間を結ぶルートは、川を道がわりにしたり、干潟を渡ったり、浜辺を歩いたりと一定ではなかったようです。それでも、一日四十キロ前後も歩いていたということは、それなりに整備されていたのかもしれません。
印象的だった箇所は、阿仏尼が鳴海潟について記した文章で、そこには、浜千鳥が飛び交い、蜑 (あま:海辺で漁をする人々)の動きや古びた塩竃があちこちに立っている様が興味深い、と書かれています。豊かな自然に恵まれた当時の風景が浮かんできます。
posted by nagoyasanpo at 20:39 | Comment(0) | 街道
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