投稿日:2017年06月13日

現在はない

大須二子山古墳は、大須古墳群の一つです。戦後の開発により、現在は消滅しています。二子山というのは、前方後円墳を指してそう呼ぶことが多いようです。

場所

大須二子山古墳があった場所は、現在は、スケートリンクと本願寺名古屋別院(西別院)になっています。

地図

那古野山古墳にある看板に場所が記載されていました。

大須二子山古墳1

大須二子山古墳2

概要

大須二子山古墳は前方後円墳で、墳丘長100m以上、築造年代は、6世紀前半とのこと。甲冑、銅鏡、馬具などが出土しています(大須二子山古墳 Wikipedia)。

断夫山古墳に次ぐ大きさ

名古屋市内の古墳では、大須二子山古墳は、愛知県で最大規模の断夫山古墳に次ぐ大きさのようです。
  • 断夫山古墳・・・151m
  • 大須二子山古墳・・・130m程度?
  • 白鳥塚古墳(守山区上志段味)・・・115m

古墳の主は?

大須二子山古墳の築造時期としては、熱田区の断夫山古墳や春日井市の味美二子山古墳と同じ時代のようです。断夫山古墳と味美二子山古墳(全長96m)はそれぞれ尾張連草香、目子媛の墓とする説もあるようですが、そうなると、大須二子山古墳もそれに近い人物の墓かもしれない、と思います。

消滅の経緯

と、かなり気になる古墳なのですが、戦後になって、伏見通を拡張したり、大須球場を建設する際に、全て破壊されたということです。しかも、正式な発掘調査すらしてない、といいます。常識では考えられない破壊行為が行われたわけです。

大須球場

ともあれ、大須球場は1947年に作られ、1948年にはプロ野球の公式戦も行われました。1953年に閉鎖され、現在はスポーツセンターとなっています(大須球場 Wikipedia)。
posted by nagoyasanpo at 04:25 | Comment(0) | 大須
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