投稿日:2018年10月29日

天下普請

名古屋には伝統工芸品が多くあります。多くある理由の一つが、名古屋城築城の天下普請です。 天下普請は、幕府の命令によって、全国の諸大名に城や河川などの土木工事を行わせた制度です。

天下普請の際には、日本全国から職人が集まりました。 これにより、有松・鳴海絞りをはじめ、桐箪笥や仏壇などの伝統工芸品が作り出されました。

徳川宗春

もう一つのムーブメントが、尾張藩の七代目藩主・徳川宗春の時代です。 幕府の財政再建を目指した徳川吉宗は、「享保の改革」で質素倹約策を取ります。 一方、名古屋では、徳川宗春が逆の開放政策を取ります。これにより、全国から工芸品の職人が集まったとのことです。

というわけで、天下普請によって始まったとされる伝統工芸品をピックアップしてみました。

名古屋仏壇

NHKの月曜ドラマシリーズに、2002年11月〜12月まで放映された「名古屋仏壇物語」があります。 これにより、名古屋仏壇が話題になりました。

元禄8年

名古屋仏壇は、元禄8年(1695年)にさかのぼる、といわれています。 高木仁右ヱ門が、仏壇専門店「ひろや」を創業して、東本願寺造営に参加した職人たちが発展させた、と名古屋市のHPにあります。

東本願寺造営の技術が活用?

東本願寺造営というのは、「御影堂」「阿弥陀堂」の落成を指すようです。 これらは1603年〜1604年のことです。ということは、東本願寺造営後だと、創業と時代が合わないようです。

天下普請

一方、名古屋城築城は、1610年(慶長15年)に築城が開始されています。 こちらも時代が合わないようです。

ということは、名古屋仏壇のスタートは、その時期に遡るようです。 いずれにせよ、名古屋仏壇の製造には、東本願寺造営の技術が活用されたそうです。

名古屋仏壇の特長

名古屋仏壇には特長があります。 名古屋仏壇は、台の部分が高くなっています。 これは、当時多発した水害を避けるための知恵ということです。

名古屋仏壇の現在

その後、名古屋仏壇は尾張藩による保護もありました。 これにより、名古屋は仏壇製作の拠点となりました。 現在でも、中区を中心に仏壇業者が数多くあります。

リンク

名古屋仏壇商工協同組合による名古屋仏壇の公式サイトです。 名古屋仏壇は経済産業大臣指定伝統的工芸品として認可されています。

名古屋桐箪笥(たんす)

前述のように、江戸時代には天下普請という制度がありました。 この際に、職人達も集まってきており、さまざまな伝統工芸が名古屋に伝わりました。 名古屋桐箪笥も、名古屋城築城に参加した職人がはじめたものだとされています。 また、名古屋は岐阜の良質な木材が確保しやすいという好条件もありました。

飛騨桐の産地に近い

名古屋桐箪笥には、良質の飛騨桐を使用します。 名古屋が飛騨桐の産地に近いことも、桐箪笥の発展につながったといいます。

水運

名古屋城築城のために、「堀川」が、資材運搬用の運河として建設されました。 堀川もまた、こうした伝統工芸の発展に一役買っていると思われます。

名古屋桐箪笥の特長

名古屋桐箪笥は、横幅が広いという特長があります。 もう一つは、飛騨桐の使用です。 桐という木材は、狂いが生じにくいため、高級家具に使われます。 また、袋戸の部分には、華美な装飾が施されています。 華美な装飾は、名古屋らしいといえるかもしれません。

他にも、名古屋友禅や名古屋黒紋付染などの伝統工芸品があります。
posted by nagoyasanpo at 23:42 | Comment(0) | 文化
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