投稿日:2020年04月13日

呼続周辺には、史跡や歴史スポットが多くあります。 これは呼続のある笠寺台地に太古の昔から人が住んでおり、時代が下っても、鎌倉街道や旧東海道が通っていたためです。

呼続周辺の史跡

  • 富部神社
  • 長楽寺、松平忠吉病気平癒の松、織田・今川の国境線
  • 呼続公園、旗掛けの松
  • 桜神明社古墳

富部神社

1603年、徳川家康の四男・松平忠吉が祠を現在の地に移したのが創建とのことです。 疫病除けの神「蛇毒気神(だどくけのかみ)」が祀られており、尾張名所図会には「蛇毒神社」として描かれています。
「蛇毒気神」は、祇園信仰で知られる牛頭天王や素戔嗚尊と同一視され、疫病退散の神として信仰されています。
>参考
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本殿

松平忠吉が富部神社に祈願したところ回復したため、本殿などを寄贈した、ということです。 見どころは、重要文化財の本殿などです。
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長楽寺

富部神社のすぐ近くに長楽寺があります。 動物供養の寺として有名です。
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松平忠吉病気平癒の松

境内に、松平忠吉病気平癒の松があります。家康の四男・松平忠吉が、長楽寺の境内にあった素盞鳴尊を祀る祠に祈願し回復した事から、この祠をすぐ東に移して富部神社とした、という言い伝えがあります。
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織田・今川の国境線

戦国時代、南区の一帯は織田・今川の最前線となっていました。 境内には国境線であった谷が残っています。
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呼続公園

呼続公園は、かつては長楽寺の境内でした。桜などの名所であり、噴水のある曽池や野球場などが整備されています。
笠寺台地には太古の昔から人が住んでおり、呼続公園一帯も、縄文時代からの遺跡となっており、曽池遺跡と呼ばれます。
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旗掛けの松

曽池の畔に、源頼朝が旗を掛けて休んだといわれる「旗掛けの松」があります。 すぐ近くを鎌倉街道が通るため、根も葉もない言い伝えとは言えないかもしれません。
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桜神明社古墳

境内には古墳があり、本殿は古墳の上に建っています。 調査はされておらず、年代は不詳とのこと。 比較的形が残っています。名鉄が近くを走り、風情があります。
>参考

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風情のある古墳です。

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posted by nagoyasanpo at 16:54 | Comment(0) | 東海道
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