投稿日:2020年09月11日

旧東海道と県道222号

県道222号は、緑区・瑞穂区の区間は旧東海道となっています。古い道のため、道幅が狭く、史跡が多くあり、古民家が並んでいて、風格もあります。

旧東海道沿いの史跡

このページでは、丹下砦跡や丹下町常夜灯など、鳴海周辺の旧東海道沿いの史跡を紹介しています。
  • 丹下町常夜灯
  • 丹下砦跡
  • 光明寺
  • 清水寺遺跡
  • 長翁寺
  • 東福院
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丹下町常夜灯

常夜灯(じょうやとう)には、右に寛政四年(1792年)とあります。 鳴海宿の西の入口にあたる丹下町に設置されました。

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平部町常夜灯

鳴海宿の東の入口にあたる平部町にも、鳴海宿平部町常夜灯が設置されています。 平部町常夜灯の場所は、有松の500メートルほど手前の、県道222号沿いの地点です。

丹下砦跡

織田信長は、今川義元の支配下にあった鳴海城を包囲するように、丹下砦、善照寺砦、中嶋砦の三つの砦を築きました。 宅地となり、砦跡は残っていません。

場所はどこか?

光明寺の裏山が、丹下砦跡に当たるということです。 光明寺の墓地あたりが本郭かと思われます。

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東西84メートル、南北78メートル、340人の兵力とのことですから、相当な広さになります。 東海道から崖が見えていますが、この上にあったのかもしれません。

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鳴海城

今川家の支配下にあった鳴海城は、丹下砦から近い距離にあります。 直線距離で200メートルほどしかありません。 丹下砦から、旧東海道を通って鳴海城跡まで歩いてみるのも良いかもしれません。

光明寺

常夜燈の角を左折、そのすぐ近くの小道を左折したところに、光明寺があります。。 1556年に現在地に移転したとのこと。

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清水寺遺跡

清水寺貝塚・森下遺跡・丹下砦跡・鳴見代官所を総称して、清水寺遺跡(せいすいじいせき)と呼ぶようです。 丹下砦跡の一帯も清水寺遺跡となっています。

長翁寺

長翁寺(ちょうおうじ)の薬師堂には、織田信長の守護仏の薬師如来が祀られているとのことです。 織田有楽斎が、薬師如来を譲り受け、この地にお堂を建てて祀ったといわれます。 このため「織田薬師」とも呼ばれています。

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東福院

東福院の山門は、鳴海城(根古屋城)の木材で建てられているとのことです。

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実際に見たところ、どの部分が鳴海城の廃材なのか、分かりませんでした。

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弁財天をまつっています。

鳴海城と東福院

鳴海城は今川家の岡部元信が城主でした。織田信長は、鳴海城を取り囲むように、丹下砦などを築きました。 しかし桶狭間の合戦により、織田信長の支配下に入りました。 鳴海城は、天正年間に廃城となり、寛永年間に、東福院を再建する際に廃材を利用したとのことです。

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posted by nagoyasanpo at 02:19 | Comment(0) | 鳴海
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